中高年でも直ぐにできる民泊体現者のmichiosunagawaです。

その12 遅咲きの実業家に想いを馳せる。

🔵サンエーの創業者、故折田喜作氏の物語

サンエーの創業者は、宮古島で50歳近くまで

商売をしていた折田喜作という方だ。

沖縄復帰の時、宮古島から沖縄本島に打って出た

遅咲きの人だ。

彼との面識はなく小学生の頃通りすがりに商売を

しているおっさんがいるという程度の印象だが、

その後、妻と結婚して遠い親戚にあたるという

ことを知り興味を持つようになった。

縁者から彼のエピソードをよく聞く。

印象深いのは当時破竹の勢いのダイエーが沖縄に

進出したら沖縄の小売業は壊滅だという危機感のなか、

折田氏は常日頃から師事のある竹村健一

(くわえパイプのTV評論家)氏にアドバイスを

受けていたとのこと。竹村氏の、蟻も巨像を倒すの

名言を受け、ダイエーの周辺をサンエーの小売店で

取り囲む戦略により、結果的に平成15年にダイエーは、

つぶれた。

私は、つい最近まで廃墟となったダイエーの敷地を

散歩がてら通るたびに、このエピソードをおもいだす。

この広大な敷地はイオングループが買い受け、

更地にして、マンションを建設している。

さて、創業者の折田氏は、東京で受けられる

サービスは沖縄でも同じであるべきで

なければならないという信念の下、

従業員のための教育施設をいちはやく設立し、

他の同業者にも少なからず影響を与えた人物であった。

今回、イオンモールの駐車場の造りが、中高年には

不便だと思ったので、このサンエーの理念を

思い出し紹介したものだ。

🔵サンエーの駐車場の造りの戦略

沖縄の気候は暑くスコールが頻繁で、

そのうえ県民は歩くより店先まで車を

横付けする習慣がある。

折田氏は県民が望む事を実現することにこだわり、

莫大なコストを敢えて承知のうえ、

沖縄風の駐車場施設を作ることにこだわったが、

役員はコストを嫌がり反対であった。

折田氏は、全店舗にその理念を押し切ったとのこと。

その結果、県民はサンエーに車で乗り付け買い物を

楽しみ繁盛している。

他県にはない駐車場の配置だが、

イオンの駐車場が巨大がゆえに県民の特性を

どの程度知り、営業売り上げに影響を

及ぼすかについて、そのとき、気になった次第である。

因みに、亜熱帯気候のアジアの駐車場の造りは

どうなっているだろうか。

興味があるところである。

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