定年退職後が大問題だ。

定年退職前にこの作家を知ったのだが、その内容は極めて現実的で、衝撃であった。

退職後4年になり、幸いこの職に就かせてもらっているが、後輩たちは、事前に用意周到に何らかのスキルを磨かないと、そううまく第二の職にありつくことはないだろう?

橘 玲
作家

【120分の教訓】橘玲 もしも今、私が大学生だったら

2018/4/21
テクノロジーの発展とグローバル資本主義の拡大により不確実性の増す現代社会。自分のキャリアや将来の日本に不安を持つ大学生は多い。私たちが住むのはどのような社会で、どのように生きて行けばいいのだろうか。作家の橘玲氏に、2時間におよぶインタビューを行った。
──橘さんからみて、今の大学生はどのように映っているのでしょうか。
橘 私の学生時代から比べて、真面目で優秀なひとが多くなったと思います。
これは『80’s(エイティーズ)』(太田出版)という本でも書いたのですが、私が大学に入った頃(1978年)は人生は二者択一で、成功者というのはそれなりの大学に入って一部上場企業か中央官庁に就職した人で、いったん落ちこぼれたら敗者復活はないとされていました。
東大法学部・大蔵省(財務省)を頂点とするヒエラリキーが厳然とできていた当時に比べて、いまは社会が多様化していろいろな可能性が開けていると思います。
森友学園問題で右往左往する役人たちを見て、彼らが日本社会の「勝者」だなんて思う人はいないでしょう。
ただ、今から振り返ってみれば、当時はみんななんとなく将来に楽観的だったように思います。当時の早稲田では、私を含め学生の3割くらいはドロップアウトしたと思いますが、それでも「なんとかなるだろう」という雰囲気がありました。
今はいろいろな選択肢があって、だからこそ余計にどういうふうに生きていけばいいのかを決めるのが難しくなっているような気がします。
Technology will always win
──もし今の大学生だったら何をしたいか。考えたことはありますか。
まったく考えたことがないんですが、あえていえば、シリコンバレー的なものに興味を持つんじゃないかと思います。
シリコンバレーには、テクノロジーによって「世界を変える」と妄想している若者が世界中から集まってますよね。私たちの頃はそれが「知(ポストモダン)によって世界を変える」だったんですが、規模や水準は違っても通底するものは同じです。
Better World(よりよい世界)やBetter Future(よりより未来)の理想を語るシリコンバレーのひとたちを私は「サイバーリバタリアン」と呼んでいて、その典型がイーロン・マスクです。

(写真: Diego Donamaria/gettyimages)
「人口爆発で人類が地球に住めなくなるなら火星に移住すればいいじゃないか」といって安価なロケットを開発し、「化石燃料が枯渇するなら代替エネルギーにすればいい」といって、電気自動車を走らせ、太陽光発電の送電網を張り巡らせようとする。
すべての問題はテクノロジーで解決できるのだから、社会は科学的に最適設計すればいいというのがシリコンバレーのカルチャーです。「カリフォルニア・イデオロギー」とも呼ばれますが、学生時代にこういう思想を知ったら間違いなくハマったと思います。
──ただ、テクノロジーが進化していく一方で、人間の意識はそこまで変化していないという現状があります。それについてはどうお考えですか。
まさに高度化した知識社会が抱える大きな問題で、次々と新しいテクノロジーが出てきて、それを理解して使いこなすための知識のハードルも上がっていくわけですから、そこから脱落していく人が増えてくるのは避けられません。
現時点で「世界を変える技術」はAI(人工知能)とブロックチェーンと遺伝子操作だと思うんですが、例えばDNAのコードを一個一個切り貼りできるテクノロジーが登場したとして、それをどう使うのかなんて普通の人は理解できないですよね。
その結果、知識社会にうまく適応できない人たちがイギリスの国民投票でEUからの離脱に投票したり、アメリカの大統領選でトランプに投票したり、フランスではルペンに投票したりするわけです。これが欧米を中心に世界が“右傾化”しているとされる一番の理由で、この解決は相当難しい。
ここから、ベーシックインカムの発想が出てくるのはとてもよくわかります。「知識社会から脱落したひとを再教育したところで効果はほとんどないのだから、彼らが暴動を起こしたり、犯罪者になったりして社会の治安が悪化しないようにするにはお金を配るしかない」いうわけです。
私は、ベーシックインカムを支持する設計主義者を「サイバーリバタリアン左派」と呼んでいます。それに対して「サイバーリバタリアン右派」は、ノーベル経済学賞を受賞した行動経済学者リチャード・セイラーのように、人間が不合理な生き物であることを前提として、よりマシな選択を無意識のうちにするようナッジして(そっと肘で押して)あげればいいという発想です。
こちらも科学(テクノロジー)で環境を最適設計するのですが、徴税・再分配という国家の“暴力”を最小限にして、個人の自由な選択(たとえ誘導されたものであっても)を尊重しているからより自由主義的です。
将来的には、サイバー空間でこの二つの政治思想が対立することになると思います。

(写真:chombosan/istock.com)
人間は知識社会に適応できていない
──やはり、リバタリアニズムは強者の論理なのでしょうか。
シリコンバレーのカルチャーは「自由」の価値を最大化するわけですから、彼らがリバタリアン(自由原理主義者)であることは間違いありません。ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズ、グーグル創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグの名を挙げるまでもなく、彼らは現代世界で社会的・経済的にもっとも成功した人たちでもあります。
彼らがなぜ成功できたかというと、その高い知能によって知識社会化という巨大な潮流の最先端に乗ることができたからであり、インターネットが前近代的な身分差別や社会階層から切り離された「自由空間」だったからです。
その意味で、知識社会の成功者にリバタリアンが多いのは当然で、それが気に食わないからといって自由を抹殺してしまえばイノベーションもなくなってしまう。強者を罰すればより良い社会になるというわけではないんです。
産業革命から始まった知識社会化は、人類がこれまで経験したことのないとてつもない変化でした。
中世までは多少頭がいいからといって特別扱いされることはなく、体が大きいとか、見た目が良いとか、歌が上手いとか、力が強いとか、そういうことの方がずっと重要でした。
人類は何十万年もそんな社会で生きてきたのですが、それが突然、知能の高い人間が圧倒的に有利になる「知識社会」に変わってしまった。これはたかだか200年ぐらい前の出来事だから、進化論的にはまったく適応できません。
それでも産業革命の頃は、人々を学校で規則通り、時間通り行動するよう訓育し、工場労働に従事させていましたが、今ではこうした単純労働は新興国に移るか、AIロボットで代替されるようになりました。こうしてグローバル化や知識社会化に適応できる人と、脱落する人の「格差」が開いていく。
しかしその成功は、本人の努力というよりも、たまたま生得的に高い知能を譲り受けた幸運によるものなのですから、その意味でものすごく理不尽であり、残酷であることは間違いありません。
──では一握りの人間が富を独占するという状況が続くことになるのでしょうか。
まさにアメリカでそうした事態が起きているわけですが、実態を細かく見ると「一握り」かどうかは評価が分かれると思います。
アメリカの世帯所得では約10%が家計資産100万ドル以上で、10人に1人は「億万長者」の家に住んでいます。これはヨーロッパや日本も同じで、中国やインドなどの新興国も含め、市場のグローバル化によって世界的に「ゆたかな人」がものすごい勢いで増えていることは間違いありません。
問題なのはその一方で、日本だと年収200万円に届かない層も増えていることです。

(写真:leodaphne/iStock.com)
先進国で起きている中間層の崩壊というのはみんなが一律に貧しくなることではなく、真ん中がなくなって上流と下流に分極化することです。そんな社会で「私たち」という一体感をつくるのはものすごく難しい。
ただ、日本はアメリカやヨーロッパで起きている問題を半周遅れで体験しているので、世界的にはかなり恵まれていると思います。
白人と黒人の人種問題や、キリスト教とイスラームの宗教対立があるわけでもなく、「格差社会」と騒がれていてもその大半は高齢化の影響で、実際の格差はそれほど開いていません。
本当に面倒なことは欧米で先行して起きるわけだから、それを観察していればこれからどんな問題に直面するかはかなりの程度わかります。これは大きなアドバンテージだと思います。もっとも、日本の政治家や官僚がこのアドバンテージを政策として活かせるかどうかは別の話ですが。
──社会として活かせなくても、個人として活かすことはできると思うのですが。
実はそこが私の人生設計論の基本で、「社会が理不尽で残酷であることを前提としたうえで、自分や恋人・家族が幸福になれるような人生を設計しよう」ということです。
ここで若い人たちに言いたいのは、日本社会にはいろんなところに罠が待っているということです。一種のタコツボみたいな罠で、そこに一度落ちてしまうとなかなか抜け出せなくなる。
「日本的雇用」と呼ばれる前近代的な雇用制度のことなんですが、この罠をうまく回避できた人がこれからの成功者になっていくと思います。
そんな人たちを私は「フリーエージェント」と呼んでいて、これを提唱したアメリカの作家ダニエル・ピンクは「2000年にはアメリカの労働者の20~30%がフリーエージェント化した」と述べていたのですが、いまや「10年以内にアメリカの全労働者の半数以上がフリーエージェントになる」と予測されています。
「会社で働く」のが少数派になる世界がやってきつつあるアメリカに比べて、日本はものすごく遅れていて、今でもほとんどの人が「働く」というのは「会社に通う」ことで、サラリーマン以外の仕事をイメージできません。
アメリカのようにフリーエージェント化が進むと、それに必要な社会のインフラも整備されてくるだろうし、ますますフリーが働きやすい社会になってきます。それはある意味、うらやましい社会なんですが、でも逆に考えると、フリーエージェント化した社会にはフリーのライバルがたくさんいるわけです。
需要と供給の法則でいえば、たくさんあるものは価値が低く、希少なものは価値が高いわけですから、フリーとして勝負するなら、フリーエージェント化がほとんど進んでいない日本の方が成功する確率はずっと高くなるはずです。
日本では、優秀な人材の多くが会社というタコツボに囲い込まれて、せっかくの才能や可能性を腐らせているわけですから。そのことに先に気づいて「会社」から距離を置いた人たちが、すごく良い思いをしているというのが現在の日本社会だと思います。
グローバルな知識社会化が巨大な潮流だとすると、それに連動して起きている大きな変化がフリーエージェント化なんですね。

(写真:beer5020/istock.com)
──なぜ世界的にフリーエージェント化が進行しているのでしょうか。
みんながフリー(自由)に憧れるのは、今の自分が自由じゃないからです。
でもこれはおかしな話で、豊かな社会というのはさまざまな願望・欲望が実現できる社会じゃないですか。
今日のデートはイタ飯にしよう、新しくできたカフェでキャラメル・マキアートを飲もう、高級ブランドはもうインじゃないから若いデザイナーが自分でやってるブティックの洋服にしようなど、若い人たちは当たり前のように選択していますが、こんなことができるようになったのは日本ではせいぜい30~40年です。
それでもなぜ不満が大きくなるかというと、なんでも自由に選択できるはずの社会で、唯一、選択できないものがあるからです。それが人間関係です。
これは日本だけの現象ではなく、豊かな社会の逆説というのは、アメリカのようなポジティブ・シンキングの国ですら、うつ病がものすごい勢いで増えていることです。それはやはり、人間関係のプレッシャーがとてつもなく重くなったからでしょう。
社会が高度化するにしたがって人間関係がどんどん複雑になってきて、それが人々の幸福度をものすごく引き下げている。
昔は工場に出勤して決められた仕事をすれば、あとは飲んだくれようがなにしようが許されたわけですが、今では「自分がこういったらあの人(部署)はどう思うだろう」なんてことを四六時中気にしなくてはならないわけです。
そう考えると、豊かな社会で成功した人たちが、「なんでも自由に選択できるのに、なぜ人間関係だけ選択できないのか?」「組織に所属するのではなく、人間関係を選択できる生き方に変えればいいじゃないか」と考えるようになるのはごく自然です。
これが、知識社会の先頭を走るアメリカでフリーエージェント化が進む一番の理由だと思います。
フリーエージェント化とソロ化
──日本でもフリーエージェント化は進んでいくのでしょうか。
そうですね。フリーエージェント化はもちろん、ソロ化も進んでいくと思います。先進国ではみんな結婚したり子供をつくったりしなくなってきていますが、これにはいろいろな理由があって、もちろん低収入で結婚したいのに結婚できないひともいるでしょうが、いちばん大きいのは「めんどくさい」からですよね。
近代というのは「もって生まれた可能性をこの社会で100%発揮せよ」という掟を強要する社会でもあるわけで、「結婚や出産・子育てでなぜ自由な人生を制約されなければならないのか」という問いにうまく答えることができません。
もちろん結婚して幸せだとか、子供がいたほうが充実している人もいますが、そうじゃない人もいるわけですよね。
そうなると「子供を産んでもハンディキャップのない社会」にするほかないわけですが、日本ではずっと「夫は会社に滅私奉公し、妻は家庭で子育てに専念する」という前近代的な性役割分業が「幸福な人生」だとされてきました。
その結果、そんなのバカバカしいという女性が増えて少子化が進んだわけですが、政治家も行政も、経営者も労働組合もなにが間違っていたのか理解できず、お互いに責任をなすりつけあって、「このままでは日本列島から日本人がいなくなる」とかいって大騒ぎしているわけです。
これから皆さんも体験すると思いますが、日本のほとんどの会社は「同期」と先輩・後輩の人間関係の網の目にしばられた体育会みたいな世界です。
日本人はこれを当たり前のように受け入れていますが、グローバルスタンダードの働き方に「同期」なんてないし、そもそも「サラリーマン」自体が和製英語で、終身雇用と年功序列は説明しないと海外の人は理解できません。
私のオーストラリア人の若い友人は、「日本人は一生同じ会社で働きたいと思っている」と説明したら一言「Scary(おぞましい)」と言いました。これがまともな感覚だと思います。
そんな前近代的なタコツボ社会から抜け出したいと思う若い人たちが、堀江貴文さんや落合陽一さんの周りに集まってくるという構図はよくわかります。

(写真:kobbydagan/iStock)
金融資本と人的資本
──橘さんは投資に関する本を多数出版されていますが、現在も投資をやられているのでしょうか。
私の人生設計論の基本は「人的資本を一極集中する」というもので、物書きを専業にすることに決めてからこの10年以上投資はしていません。
そもそも投資に興味をもったのは、1990年代半ばに橋本政権が「金融ビッグバン」を唱え、「日本人もこれからはグローバルな投資・資産運用をすべきだ」とみんながいいはじめたときです。
だったらどうすればいいか調べても、「近所の証券会社で(手数料のバカ高い)世界株ファンドを買いましょう」とか、そんな話しかない。それじゃあぜんぜん面白くないからと、海外の金融機関に直接、口座を開こうと思ったのがきっかけです。
90年代末はインターネットの勃興期で、メディアはマイクロソフトやインテルの話題で盛り上がっているのに、当時それらの銘柄は日本では買えませんでした。でも、それっておかしいじゃないですか。
世界中のものが自由に買える時代に、なぜアメリカの証券会社に上場している株式を日本人が売買できないのか。そう思っていた時に、アメリカでイー・トレードという世界初のオンライン証券会社が誕生し、「日本人でも口座開設できた」というマニアックな掲示板の情報を見つけて、それで口座をつくってみました。
アメリカの株式市場のことなんてわからないから、投資したのはマイクロソフト、インテル、Dell、AOLという「ネット銘柄」ばかりで、それがビットコインみたいに、あっという間に2倍3倍に値上がりしました。「他人と違うことをしたい」投資家にとって幸福な時代だったと思います。
結局、2000年になってインターネットバブルは崩壊するんですが、今度はエマージング(新興国)のバブルがやってきます。
このときも日本の証券会社を通すのではなく、その国に直接口座をつくって投資すればいいじゃないかと思って、海外旅行も兼ねて、香港、シンガポール、タイ、ベトナム、インドネシア、マレーシア、フィリピン、最後にはカンボジアやラオスまで、東南アジアを中心にあちこちの証券会社に口座をつくりました。
今から振り返れば、インターネットバブルとエマージングバブルという、株式市場の2度の大きなバブルに遭遇できたことが私の大きな幸運でした。もうひとつの幸運は、先ほど述べた理由で投資をやめたのがたまたま世界金融危機の前だったことです。
よく「仮想通貨には投資しないんですか?」と聞かれるんですが、いっさいやっていません。最近のさまざまなトラブルを予想していたというわけではなく、20代や30代前半だったらハマったと思います。
でも今の私の立場だと、あんなにボラティリティ(変動率)の高い投資対象を抱えていると本業に集中できません。「ハマるとわかってるからやらない」という感じですね。
──格差が拡大していると仰っていましたが、その原因として富裕層が投資を行い、さらにお金持ちになっていくという現実があります。橘さんはどうお考えでしょうか。
トマ・ピケティは『21世紀の資本論』でそういうふうにいったわけですけど、格差が拡大するいちばんの理由は金融資本ではなく人的資本の大きさだと思います。
私たちが富を獲得する方法は「金融資本を金融市場に投資する」「人的資本を労働市場に投資する」の二つしかないわけですが、どのように富裕層が生まれているかを見れば、格差の理由が人的資本であることは明らかです。

トマ・ピケティ(写真:Anadolu Agency/gettyimages)
最近読んだ記事ですが、シリコンバレーでは自動運転の開発を任せられるプログラマーが足りなくて、年俸100万ドルではまったく集まらず、大手各社は数億円の報酬を提示して引き抜き合戦を行っているそうです。
こうして無名の若者が億万長者になっていくわけですが、これに金融資本は関係ないですよね。知識社会では、賢い若者は自分の人的資本をどこで活用するのがいちばん効果的かを常に考えています。それがある時はウォール街であり、いまはシリコンバレーなんでしょう。
人的資本が大きければ収入も増えるから、それを株式などに投資していけば資産は増えていきます。その結果として金融資産の格差も開いていくんでしょうが、その前提にあるのはあくまでも人的資本の格差です。
 世界一の金持ちのビル・ゲイツも、2番目のウォーレン・バフェットも平凡な会社員の息子ですし、日本だと孫正義さんも柳井正さんも金持ちの生まれではないですよね。
「伽藍を捨ててバザールに向かえ」
─著書の中で、人的資本を最大化するためには、好きなことに全力投球するのがいいと仰っていますが、好きなことがギターを弾くことみたいに市場が飽和している場合はどうでしょうか。
最近よく聞かれるんですが、そこが「勝負」なんだと思います。「好きなことだけやって生きていけるほど世の中甘くない」というのはもちろん正しいんですが、その一方で、「嫌なことを何十年も我慢するなら、なんのために生まれてきたんだ」という反論もあるわけです。
だとしたら、ほんとうに大事なのは「好きなことをマネタイズする」戦略を見つけることです。
ここに誰でも使える「成功法則」があるわけではないのですが、基本は「人的資本を一極集中する」ことです。これはものすごく単純な話で、あなたのまわりには同じように「好きなこと」を仕事にしようとしているライバルがたくさんいます。
コーヒーが好きだから、副業でコーヒー豆の焙煎を土日だけするとしましょう。でも世の中には、コーヒーの焙煎に命をかけている人がいるわけじゃないですか。片手間仕事で、そういう人と勝負して勝てますか?
これが、「金融資本は分散投資し、人的資本は好きなことに一極集中する」という意味です。金融資本を米ドルやユーロ(中国元でも)に分散させておけば、日本が国家破産して円が紙くずになったとしても、その分だけ他の通貨が値上がりするわけですから、ネットの資産価値には何の影響もありません。
でも人的資本は、多芸多才の特殊なひとを別にすれば、こんなふうに分散投資するわけにはいきません。唯一、現実的なのはパートナーとの共働きで、一方の仕事がうまくいかなくてもリスクヘッジが利くように、それぞれが別の分野や業界で働くことでしょう。
でもこれは、ひとつのことだけをひたすら続けろ、ということではありません。いまはテクノロジーの急速な発展でビジネス環境がどんどん変わっていきますから、どこで自分の「好き」をマネタイズできるかわかりません。
そう考えれば、「好き」にこだわりつつフットワークを軽くするのが有利です。あちこちにビジネスの網を張っておいて、いまならここでマネタイズできるというところに集中し、それがダメになっても次のところに移っていけるようなフットワークの軽い戦略がこれからの時代にうまくフィットするんじゃないでしょうか。
それとは逆に、もっとも危険なのは、会社というタコツボの中で、「ゼネラリストを養成する」というお題目のもとにいろんなことをやらされ、何の専門家にもなれないまま年をとっていくサラリーマンの生き方です。
日本の大手企業には50代でようやくこのことに気づいた男性がたくさんいて、「定年後をどう生きるか」が大問題になっていますが、これからの高度知識社会では専門性のない人材は生き残っていけません。

(写真:imagenavi/istock.com)
──どんなにニッチな分野にも、専門性が必要とされていて、いかにしてそのブルーオーシャンを見つけるかということですね。
そのとおりです。これまで何もなかったところにブルーオーシャンができたり、これまでブルーオーシャンだったところがたちまちレッドオーシャンに変わったり、ビジネス環境がどんどんと変化していくわけですから、その波をどう捉えるかが勝負です。
YouTuberはその典型だと思うんですが、あんなところでビジネスが成立するなんて誰も思わなかった。でも実際、そのニッチを真っ先に見つけて、いろいろ批判はあるとしても、成功するひとが出てくるわけじゃないですか。
同じように、これからは常に網を広く張っていて、自分にとってのブルーオーシャンを上手に見つけたひとが成功するんだと思います。
人的資本の最大化というのは、たんに頭が良いとかそういうことではなくて、「好き」をマネタイズするセンスの問題なんですね。そのセンスが良ければ、ビル・ゲイツやスティーブ・ジョブズにはなれないとしても、毎日を不安なくすごせるくらいの富を手にすることはそれほど難しくない。
「ゆたかな社会」というのは、そういう社会だと思います。その一方で、東大を出て大きな会社入って、これで人生は上がりだと思っていたひとが、50歳を過ぎてどうしたらいいかわからなくなっている。
日本の「ガラパゴス」的な環境に最適化しすぎたために、グローバルな知識社会の流れに適応できなかったんですね。
「好き」をマネタイズできるようになれば、会社というタコツボから抜けられます。日本はフリーエージェントの競争率が低いから、専門性のあるフリーは有利な立場に立てる。このことに気づいたひとにとっては、日本というのはものすごく甘い社会だと思います。
──これから、日本の若者はどうなるのでしょうか。
日本的雇用の唯一いいところは、若者がほぼ全員就職できることす。そんな先進国なんてないですから。ヨーロッパでは若年層の失業率が2割から3割で、20代で働いていなければあとの人生はそうとう辛いです。
30代、40代で職歴がなかったら相手にしてもらえない。そう考えると、大学を卒業すればとりあえずどこかに就職できる日本の現状は、世界的にはものすごく恵まれています。日本の会社の問題は、そうやって新卒採用した若者を年功序列のなかでぜんぜん活用できていないことですが、これも徐々に変わりつつあります。
これからの日本は人類史上はじめての超高齢社会を迎えるわけですが、「若者が老人に搾取される」というのは一面でしかありません。
民主政は多数決が原則だから、年金や健康保険などの社会保険制度を高齢者に不利なように変えることは政治的に不可能でしょうが、でも逆に考えると、超高齢社会とはたくさんいる高齢者の価値が下がって、少ししかいない若者の価値がものすごく上がる社会でもあるわけです。需要と供給の法則では、これは当たり前ですよね。
若い人はこれから、若いというだけで下駄を履いた状態で社会に出ていくことができる。だから、悲観する理由なんてぜんぜんないと思います。

(写真:RTimages/istock.com)
若いうちは組織で働くべき理由
──ほぼ全員が就職できますが、ブラック企業も少なくありません。
ブラック企業は「正社員にしてやる」といって新卒をどんどん採用して、サービス残業で徹底的に使い倒して辞めさせていきました。これは、正社員が会社に滅私奉公する日本的雇用から「終身雇用」の約束だけを反故にした“鬼子”です。
でもこのビジネスモデルは、どれだけ社員が退職しても次の若者が(だまされて)やってくることを前提にしているのだから、人口減で未曽有の人手不足になれば破綻するのは明らかです。
いまは日本企業にとっても大きな転換期で、会社によって違いはあると思いますが、若くて優秀な社員が辞めてライバル会社に移ったりすると、「お前が代わりに辞めろよ」と上司が怒られるという話も聞きました。
その結果、大手の会社でも20代でそれなりに責任を持つポジションが与えられたり、別会社をつくってそこを任せるなど、かなり変わってきているようです。これも希少性によって若者の価値が上がってきたからで、「10年下積みして一人前」という時代から考えたらものすごい変化です。
若い人には、最初からフリーでやるより一度は就職した方がいいとアドバイスしていますが、その理由のひとつは、フリーだと組織というものを理解できないからです。
たとえフリーであっても、結局は組織とつき合っていかなくてはなりません。組織がどのような力学で動くのかわかっているかどうかで、フリーとしての成功はかなり左右されると思います。
これはアルバイトでは身につきませんから、会社のなかである程度責任のある仕事を任されないと、トラブルが起きてもいったい何が起きているか見当もつかないということになりかねません。
フリーの魅力は「ほんとうに嫌な人との関係を断れる」ことで、「好きなひととだけ仕事ができる」なんてことはありませんから、どこで協調して、どこで自己主張すればいいのかがわかっていないとうまくいきませんから。
後はやはり、最低限のビジネスの常識を知っていないと誰からも相手にされないということ。だから、最初に会社に入って組織の力学を学び、自分が得意なこと、好きなことを見つけてそこに人的資本を集中していく。
最初は何が「好きなこと」なのかわからないこともあると思いますが、そんなときは日本の会社の「新人にはいろいろやらせてみる」という育て方が役に立ちます。
そうやって20代あるいは30代前半までに「好き」を見つけたら、そこに人的資本を集中させていく。いろんな部署に異動させられていては専門性は身につきませんから、そんなときは転職したり、フリーエージェントになって「好き」を維持する選択も必要になるでしょう。
これが、これからの時代を生きる若い人に贈るいちばん役に立つアドバイスだと思います。
(執筆:学生投資連合USIC代表・森野祐太、デザイン:砂田優花)
橘玲(たちばな あきら)
作家。1959年生まれ。早稲田大学卒業。編集者を経て、経済小説『マネーロンダリング』(幻冬舎)でデビュー。「海外投資を楽しむ会」の創立メンバーの一人。著書に『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(新潮新書)、『臆病者のための株入門』(文春新書)『幸福の「資本」論 あなたの未来を決める「3つの資本」と「8つの人生パターン」』(ダイヤモンド社)、『80’s(エイティーズ)』(太田出版)など。
学生投資連合USICは「学生の金融リテラシーの向上」をコンセプトに、学生向けの金融・投資フリーペーパーの発行と大学生向けの勉強会やイベントの開催をおこなう学生団体。東大・一橋・早慶を中心とする全国18大学の投資サークルが所属している。
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