「全ての仕事はスマホで出来る?」

「全ての仕事はスマホで出来る?」は、堀江貴文が、良く言っていたのだが、これを痛感した出来事があった。
ここ最近、事務所の移転を余儀なくされ、一人で全てやることになった。電話の移転、荷物の引っ越し、予約等やることは一杯ある。
従来の考えで引っ越しの作業を考えているなか、あれもこれもスマホで出来るのではないかと後戻りしてやり直したものだ。
それでいても「全ての仕事はスマホで出来る?」とは、未だに頭の中には徹底しておらず、転居先の届け出を郵便局に行ってやらないといけない、転居先の葉書の作成と送付先の相手に郵送しなければいけないという感じの従来の発想であった。
郵便局で、転居先届出の葉書を受け取り裏面を見たらwebでの案内があったのに気付いた時に、「全ての仕事はスマホで出来る?」を思い出したものである。
スマホを取り出し、移転先の住所を入力することで、電話工事の日程調整、郵便物の転送、相手先への住所変更の葉書作成と郵送のお願いも全てスマホで済ませた。
後は、工事依頼人との時間の設定は相手方から連絡来るので、それに対応するだけだ。
このとき思ったのは、これまで自分が行っている段取りの方法は旧来の知識であることを認識した上で、これを改めるために段取りをする前にもう一度「全ての仕事はスマホで出来る?」を思い出さなければならないと痛感したものだ。
自分の全ての銀行通帳の入金、振込も把握できることと、月三回までの無料による口座振込もポチポチとスマホで済ましている。
次に年金の書面通知もメールに変えた。
高齢者には、若者と違って生きていく時間が少ないことから、時間を有効に使うことに大きな意味があるのではないか?
引越が一段落して、事務所の窓際からプロ野球戦が近々見られる奥武山球場に眼を落とす。高校球児による甲子園を目指しての暑いドラマが繰り広げられるが、そこには濃縮された時間だけに彼等にとっても、想いでもひとしおだろう。
時間を効率的に生きることが、人生に深い味わいを醸し出し、それをひとり反芻しての喜びを密かに味わうことができることだけでも、良しとしたいものだ。